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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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ここ最近、ナントカメソッドとか題してメソッドぽく書いてましたが(?)
読み返すと「僕ボクサー」だの「プロゴルファー猿」だの
まともなメソッドが無いことに今更ながら気付きました。

これではいけないと少しだけ思ったので、今回は実用的かつシンプルな
メソッドをご紹介します。

それは「死ね死ね団」メソッドです。
これは文字通り「死ね死ね団に殺された」という設定で「死んだフリ」をするだけです、
まずは一旦死ぬので目を閉じましょう。

しばらく死んでから目を開けて自分の手足を見るのです。
どうなっているでしょうか、恐らく何も変わってないと思います。
何故変わっていないのか、それは「自分」の手足はこのような形である、という
強烈な無意識の思い込みがあるからです。

この普段全く気付いていない強烈な思い込みが、世界を形作っているわけです。
これに気付けば、前も書いたと思いますが世界が徐々に抽象的になっていきます。
「世界」の意味付けというかレッテル貼りが崩壊していくのです。
今まで「これは~ナントカだ」と思っていた概念を壊していくわけです。

「そんな事言ったって私の腕は目の前にありますよ」となるかもしれません。
でもそれは「自分の腕」と勝手に思い込んでるだけで、ただ単に宙に浮いた棒みたいな
物体じゃないですか。死んでるくせにナマ言ってんじゃねーって事です。

既に死んでいるので、今まで色々とレッテルを貼ってきた世界はもうありません。
というかレッテルを貼りようがないのです、死んでるし。

しかし、死んだフリから目を開けたあなたは紛れも無く存在しているはずです。
何処に?それは今まで「自分の肉体」だと思っていたものではなく、世界に。
世界の至るところに既に居たのです。

ていうか、ここまで書いて死ね死ね団を出す意味が無い事に気付きました。
死ね死ね団を知らない人はただ単に「死んだフリメソッド」として実践してください。
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昨日の記事「北斗の拳メソッド」について、読者の方からメールを頂きました。
「いくらエゴが幻想といえど、今まで守ってくれていたのではなかろうか」
「守ってくれたエゴをあたたたたたと殺すのは偲びない」というものです。

これは鋭い指摘であります。
まさにエゴは我々がどっか行かないように守っていると同時に、前進させてくれる役目も
果たしていたのです。

前も書きましたが、エゴでどうのこうのとやってる状態は一種の寝ぼけであります。
寝ぼけているだけなので、エゴが居るように見えるのですが、本来はエゴというものすら
存在しません。
が、説明上「エゴ」と「その他大勢」のように分けて書かないと混乱を
招くので、便宜上「エゴ」と「私」みたいな感じで書いています。

寝ぼけ状態で大活躍するエゴは、寝ぼけている世界から「私」を逃がさないために
様々な手段で守ろうとします。つまり「これをやらないと大変な事になるづら」とか
「もっと未来の事を考えないとエラいことになるっちゃ」とか「これはダメだ」とか囁いて
「私」をその場に留まらせようとします。

しかし、同時に「これをやれば何かすごい事になるかもしれない」「成功しちゃうかもしれない」
とか「希望」を「私」に与えて前進させようともします。

アクセルとブレーキを同時に踏むというか、絶妙なアメとムチの使い分けというか、
とにかく「停滞」と「前進」を交互に与えてずーっと寝ぼけ状態をキープしているわけです。

エゴは寝ぼけキープのためならありとあらゆる手段を使います。
今回の「エゴは守ってくれていたのではないか、殺すのは気の毒だ」という読者の方が抱いた
概念は、元を正せば昨日の北斗の拳が原因なわけです。

読者の方は昨日の記事を読んで「そうか、エゴを殺してしまえば・・・」とか思ったかもしれません。
しかし「北斗の拳」⇒「あたたたたた」⇒「ひでぶ」⇒「なんて残酷なんだ!!」というイメージを
利用して、読者の方のエゴが「僕を殺すなんてこんな糞ブログの言うことを信じちゃダメだ!
僕が気の毒だと思わないのか!?」と騒ぎだし、「やっぱりエゴを殺すなんて残酷かも」と
読者の方に思わせたわけです。まさに読者の方が世紀末救世主になることから「守った」のです。

仮に昨日の記事が北斗の拳ではなく「ドラえもんメソッド」とかのタイトルで、
「エゴは幻想です、居ても居なくても良いのです。
そう、のび太がジャイアンと野球やってる場面にいつもいるデブのモブキャラ
ようなものです」とか書いたとしても「そうか、やっぱりエゴは友達なのかもしれない・・・
例えモブキャラだとしても消すなんて偲びない」と読者の方は思ったかもしれません。

なんだかよくわからない例えかもしれませんが、エゴは無意識のイメージや概念を
巧みに利用して居座ろうとします。やっかいなのはそのイメージや概念が絶対の真理であり
自分が(本当はエゴなんですが)抱いたのだ、と感じてしまうことです。


いかに寝ぼけ状態が巧妙に作られているか、という事ですね。
昨日書いた記事で、実は我々は生まれてもいなかったと書きましたが、
意外にも読者の皆様からの反響が多かったです。

「わけのわからん事を書くな」という内容かと思いきや、「全てわかりました」みたいな
内容のメールも頂いて喜ばしい限りであります。

その一方で、「生まれていないという事は、存在もしていないのですか。全部終わりやんけ」と
いった内容のメールも頂きました。

そう、全部終わりなのです。
ただしこれは、エゴが終わったということです。
昨日も書きましたが「寝ぼけ」から目覚めたのであります。

で、目覚めたからどうだって言うのかと思われるでしょうが、
目覚めたということは「私」(エゴ視点の)が死んでしまったということです。

「私」が居ないということは、「私はこれを持ってない」とか「私は何々が無い」とかの
「無い」が無くなってしまったということなのです。

何かが思い浮かぶ、しかし、それは無い。という思考は細かく言うと
「しかし、それは(私には)無い」と言っているわけです。
ですから「私」が無くなると「無い」が無くなるというオモシロ現象が起きるわけです。

最初っから「在る」しかなかったのにわざわざエゴが「無い」と言っていたのです。
「在る」しか無い認識になるには「私」が死んでくれないと困るのです。

ですからエゴに「おまえはもう死んでいる」と告げましょう、そしてそれ以降の思考から全部
「私は」という概念を消しましょう、何故ならすでに(エゴ視点の)あなたは「ひでぶー!!」
なっているからです。(「あべし」でも良いです)

「私は」を採用しない事です。、突然「ひでぶー!!」となる瞬間が来るかもしれません。
俗に言う「寝ぼけ」は脳が眠っていて体が起きている状態だと子供の頃に
教わりましたが、エゴも寝ぼけのようなものです。

我々が見たり聞いたり感じたりしてるものは、全てエゴが勝手に解釈しているものです。
例えば「エゴ」という文字を見て、カタカナを読める人なら「これはカタカナであり
エゴと書いてあるのだ」と判断すると思います。

「エゴ」と書いてあるのを見て「すき家」と読む人は恐らくいないでしょう。

しかし、「これはカタカナだ」という認識も、過去に学校でカタカナを習ったから
そう思っているわけで、カタカナを全く知らない異国の人とかだったら「文字っぽいもの」とか
もっと言えば「黒い棒の絵」としか思わないかもしれません。

さらに文字という概念や文化に全く触れたことのない、狼少年ケンみたいなのだったら、
もしかしたら視覚的に認識すらしないかもしれません。

何が言いたいかというと、我々を取り巻く概念や思考は全部後付だということです、
本当の自分は概念や思考を超越した存在です。

しかしエゴによって「これはこういったものである」とか「良い感情」「悪い感情」とかを
勝手に区別してしまっているのです。つまり居ないものを居るとみなしてしまっているのです。

寝ぼけてるとなんでもかんでも幽霊や宇宙人に見えるのと同じです。
「寝ぼけて幽霊を見た」と「エゴという文字を見た」は同義という事です。

ですから、まず今まで「居る」「在る」と思っていたものが「全部無かった」という事に
気付きましょう。これは文字通り「全部無い」です。エゴ視点での自分すら「居ない」のです、
我々は最初から生まれてなんていなかったのです。

「今までの”私”だと認識していたものが全部無いだって?じゃあ私は何処に居るんですか?」と
思うかもしれません。確かにエゴ視点での「私」は存在しません。
それは寝ぼけて、そこにいるはずのない幽霊を見ているのと同じです。

しかしです、呼吸を感じようと思えばそこに「呼吸を感じている私」が居ます。
壁にある時計を見ようと思えば「時計を見ている私」が居ます。
このブログを読もうと思えば、「読んでいる私」が居ます。

一瞬一瞬に、まさに刹那的に「色んな私」が現れては消えているのです。
その事がエゴによって寝ぼけて認識できないから、それらの「私」が連続して続いていると
誤解し、「時間」という概念を作り出してしまっているのです。

”私”は「何処にも居ないけど、何処にでも居る」のです。
それに気付くことが、「寝ぼけ」から「目を覚ます」事であります。
旅から帰ってまいりました。
旅といっても、今回は親戚の墓参りを兼ねて静岡方面に行っただけです。
温泉に入ってマッタリしていました。静岡最高、温泉さいこー。

眠くなったので今日は特に何も書かずに就寝です。

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