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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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本でもブログでも何でもいいのですが、見たり聴いたり読んだりすると
我々は「考える」事を始めます。この「考える」という行為はもう殆ど当たり前というか、
ある意味呼吸しているとかよりも当然すぎる反応だと我々は思っています。

しかし、この「考える」という行為が最大の制限をかけてしまっているのです。
我々はナントカについて考える、昨日読んだ本の内容について考える、昨日見たブログの
事について考える、という風に無意識に考えている事が殆どです。

何々について考えるとは、それ以外の要素を全て排除しないと出来ません。
グラビアアイドルの裸について考えている時に、オヤジのハゲ頭が浮かんできては
困るのです、グラビア以外の要素はシャットアウトされるという事です。

つまり考えるという行為は自らを檻の中に閉じ込める行為なのです。
檻の中に閉じこもって色々やろうとしてもしょうがないのです。

「考える」という行為は知的で優れた行為であるというイメージですが、
「考える」事によって「私は今このような状況にいる」とか勝手に限定を始めます。
「考える」能力を持つことにより、我々は束縛されているのです。
「考え」たからって別に何がどう変わるわけでもありません、「考え」は「考え」でしか
ありません。そう、あなたが「考え」ていることは、実は何も生み出さないし、
何も関係は無いのです。


ですからこのブログを読んでマジに考えるのは良くないです。
「考える」という行為は実は制限をかけているだけだと気付くことが大事です。

何も考えなくなったときに、では残るのは何か、という事ですね。
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エゴというのは自我の事ですから、「私」と「あなた」という別個の存在がいるように
常に感じています。どこまでいってもエゴ視点は分離の世界であります。

「私」がその辺りを歩いていて、「ブログを読みました」とか声をかけられたら、
ブログを書いた「私」とブログを読んだ「あなた」が出会ったと認識します。

しかし、これが認識が変わった後だと、全て「ただ単に湧いてきた」という感覚になります。
つまり道路だか畑だか知りませんがそのようなものが湧いてきて、それが動いている。
(エゴ視点からすれば「私が歩いている」となる状態)

で、どっかから音が湧いてくる(エゴ視点からすれば「ブログを読みました」と他者から声を
かけられた、と認識します)でもって、何やら頭の薄いのが湧き出てくる(エゴから
すれば、ハゲオヤジに出会った、と認識します。)

で、そっからまた音が湧き出てくる(エゴ視点では「私」と「ハゲ」が会話している」
なります)この全てが湧き出て来ている「それ」が本当の自分なのです、
つまり紛れも無くこの宇宙は一つなのであります。

これに「分離」を起こさせて話をややこしくしているのがエゴなわけです。
例えば先の例で言えば頭の薄い物体が湧いて出てきた時に、
エゴが「ハゲオヤジに出会った」と認識し、ここでまず「私」と「ハゲオヤジ」という
分離が発生します。


「せっかくブログの読者と会えたのに何故こんな汚ねえハゲオヤジなんだ」と
エゴが悲しみます。「女子高生とか女子大生とかじゃないのかよ」とエゴが嘆きます。
「よし、女子高生を引き寄せるぞ」とかエゴが決意します。

しかしであります、この「女子高生を引き寄せる」は既に分離した認識でエゴが勝手に
喚いているだけです。
というより、それ以前にこれは何々だ~と判定しているのは全て
エゴです。

ですから本来は何も起きていないのに、エゴ視点でいるから「目の前にいるのはハゲオヤジである」
と認識し、「ハゲオヤジは嫌だ、女子高生とかの若いオネーチャンが良い」と「不足」が
ある世界を作っているのです。


そして「不足」があるから色んな願望実現なんたらかんたらを始めるわけです。
そう、まさに望み通りの世界を瞬時に作ったのです。

ということは逆に、湧き出てきた事柄にエゴでレッテルを貼らない事は、
既にその時点で不足が全く無い世界を創り出しているという事であります。
何だかんだ言いつつも結局は不足の無い世界を望むなら、何もしないで良いというのは
こういうわけです。

もちろんエゴ視点からすれば、「こんなの望んでない!」という事柄が湧き出てくるかも
しれません(女子高生が良いのに今度はオバハンかよ!とか)しかし、何度か書いているように
源泉が何を湧き出させるかは、我々が自分の顔を自分の目で鏡などを使わずに直接見ることが
不可能なのと同じように、決して人知の(エゴの)及ぶ範囲ではありません。

ですから何もしない、何も抵抗しない、という事がそのまま「不足の無い世界」を
創る事になるのです。
従姉妹の子供と一緒に富士急ハイランドへ行ってきました。
ジェットコースターに実に15年ぶりぐらいに乗りましたが、いい歳こいて
ウヒョーとかホゲーとか絶叫してしまいました(従姉妹の子供は冷静だった)

私が若かりし頃のコースターはもうちょいスピードが遅かったイメージなんですが、
まさか初速からあそこまでカッ飛ぶとは思いませんでした。

実は私、東京ディズニーランドには生まれてこのかた一度も行った事無いんですが
(ディズニーシーも)知り合いのアメリカ人には「おまえは日本人じゃない」とまで
言われてしまいました。

私の中では遊園地と言えばとしまえんなのであります。
はるか昔、当時の彼女とデートして、大喧嘩して別れた思い出の地なのです。

としまえんも、今では温泉事業をやったり映画館をやったりと色々と大変そうですが
営業を続けていって欲しいですね。
自分がいかにエゴに惑わされてきたかを知るには、認識を変更すると
知ることが出来ます。で、やり方なんですけどその場で立ってグルグルと
回ってみてください。何が起きたでしょうか?

「私が回りました」ではなく、空間が回ったのであります。
空間が動くものであって、私は動くものではなかったのです。
つまり私なんて何処にもいなかったのであります。

実はこのメソッドは以前お薦めした書籍「今ここに、死と不死を見る」
そのまんま載っているメソッドです。早い話がパクりです。

しかし、単なるパクりでは終わりません。 まだ話は続きます。
このメソッドは、空間が動いているというより、空間が勝手に現れ
勝手に動いているとも言えます。

つまりある通路(と認識しているもの)が現れて、その通路が勝手にこちらへ向かってきている
だけの事を、エゴ視点では「私が前方に歩いている」と思っているだけなのです。
ファミコンの「ディープダンジョン」の画面と同じ理屈です(わからない人は検索してね)

前述した「ぐるぐる回る」は、空間が勝手に現れては消えてを繰り返していただけだったのです。
それをエゴが「私って回ってるわ」と思っていたわけです。

ここで、重要なポイントがあります。
回っているとか動いているとか、そういった空間が勝手に現れては消えていると書きました。
では、それらを生み出している(通路があるとかここには空間があるとか)思考も勝手に
湧き出ている
としたらどうなるでしょうか。

ここから先は、思考では理解も説明も出来ない領域です。
是非とも大きな気付きを得て欲しいと思います。

もしかしたらこの瞬間に、今まで「自分」だと思っていた小さな「私」から解放されるかもしれません。
個人的にはあんまりメソッドっぽい事を書くのは「メソッドを頑張るワタクシ」みたいな
エゴが発生するだけ
でどうなのかしらという感じなんですが、
今まで散々同じような話を拷問のように読まされていた読者の皆様も、
私自身の感覚というか、言わんとすることは何となくご理解頂けたのではないか、とも
思います(「えぇ!?全然ご理解してねーよ!」という人の方が多いと思いますけど)

というわけでこれからはちょっとだけメソッドっぽい事を書こうかなあとか思っています。
ですから本日からこのブログは有料になります、というのはウソです。

まあメソッドなんてぶっちゃけ糞の役にもたたないんですけど、
メソッド形式の方がわかりやすい、という利点もあると思われます。
で、今回はネガティブな感情に対してのメソッド(ぽい)ものです。

ネガティブな感情は、エゴがそう感じているだけで実際は単なる意識というか、
関係の無いものなのですが、なかなかそれに気付くまでには大変なようです。

メソッドとしては、とにかくネガティブを押さえ込もうとせずに
思いきり感じて良いと思います。「こ、これは源泉から湧き出ているだけなんだ、
辛くなんかないんだ!」とか押さえ込むのは毒です。

むかつくなら、思いきり声に出して言っても良いです、さすがに外歩いている時とかに
吠えていると完全に狂犬なので、部屋で一人になった時とかが良いですね。

「ぶっ殺したい」とかのかなり過激な言葉でも、それぐらいムカついているなら
言っても構いません。とにかく感情を発散というか、感じまくることで
その内エゴが根をあげます。そうすると、その感情は実は自分には何の関係もない、
あってもなくても構わない、漂っているだけのものだとふと気付く瞬間が来るかもしれません。

気付いた後に、気に入らない事柄や気に入らない人物に会ったとしても、
「ああ、気に入らねー」と感じていて良いのです、焚き火に近付けば熱いなあと感じるのと
コイツの顔見るとムカツクんだよねっていうのは同じです。
その程度のものにエゴが大騒ぎして
なにやら大事に見せているだけなのです。

個人差はあるかもしれませんが、超絶ネガティブ状態は真理に気付くチャンスでもあるのです。

結局、感情や思考というものはあってもなくても良いのです。
「この暗い感情とどう付き合うべきか?」とか必要ありません。
感情も思考も自分ではない、そうすると自分とは一体何で、何処にいるのか?

答えは、すぐそこにあります。

ていうか、全然メソッドじゃなかったですね。

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