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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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ここ最近、思考を止めてどうたらこうたらと似たような事を書き綴っていましたが、
じゃあ止めるとどうなるのでしょうか?

結論から言うと「何も変わりません」(爆)
何も変わらずそのまんまになります。ただ、そのまんまの質が少々変わるかもしれません。

この辺は非常に感覚的な事なので文章にし辛いのですが、基本的に人間は
自由意志を持ち、自らの意志で自らの行動を決定していると思っています。
しかし、思考が止まり「そのまんま」になると、この自由意志が無い、という事が
感覚的にわかってきます。

既に何を言っているかサッパリわからないと思いますが、
「自分である」と思っているものが行動するのではなく、「認識している」ものが
動く感じです。「行動」が先に来るのではなく、空間を通じて行動が湧き上がるとでも
言う感じでしょうか。そして「願望の実現」は振り返ってみると「自然と湧き上がる
行動」によって達成されている事が殆どです。

例えばダイエットしたいと思っているAさんがいるとします。
Aさんがゴロゴロしながらテレビを見てたら、お昼のワイドショーでナントカ健康食品から
サイタマハワイアンジュースが通販で安く買えることを知りました。
とりあえず買ってみました、健康になりました、健康になると実に毎日が快適で
もっと健康になりたくなって食事に自然と気を付けるようになりました、気が付くと体重も
体脂肪も減り、ダイエットに成功していました・・・Aさんのダイエット願望は
見事に達成されました。 めでたし、めでたし

なんだかわらしべ長者みたいな話ですが、これが前にも書いた「意図」
する事の一例です(ちょっと苦しい例ですけど)注目して頂きたいのは、
Aさんは当初の願望を叶えるための行動を殆どしていない所です。
度々書いている「何もしない」はメソッドじゃあ無いんですよ。
「願望を叶えるために何もしない、と胡散臭いブログに書いてあったから何もしない」
「でも、何も変わらない」
「どうしよう、やり方が違うのか」
これじゃあメソッドとして捉えているって事ですよね。

「何もしない」は「願望を実現するための行為をしない」じゃないんです、
「願望を間接的・直接的に実現させる空間を生み出す」ために「何もしない」んです。


先の例で言うと、ゴロゴロテレビを見ていると「認識」している「空間」が生まれ、
そこからダイエットまでの道のりが自動的に始まったわけです。
自由意志がある、と思っていると「私はダイエットをするんだ、ゴロゴロしてちゃいけない」とか
「もっとこのサイタマハワイアンジュースをがぶ飲みしなくちゃ」とか
頑張る行為が出てきます。

大体仕事でも何でも「きついけど頑張ってる」時って思考が色々と動き回ってるものです。
「きついけどはやく終わらせたい」「こんなにやってるけど給料安い」
「どうすればきついのから逃げられるだろう」「なにかおまじないでも無いだろうか」
思考だけが彷徨いまくって「今」に在りません。

これでは自由意志を持っているという呪縛から永遠に逃げられません。
呪縛から解き放たれた時、何かが変わると思います。それは願望の実現かもしれません、
あるいはまた別の何かかもしれません。でも確実に「そのまんま」に在る事の質が変わります。

今回は非常に書くのが難しかったので、何が何だかさっぱりわからんという感想を
持った人が多いかもしれませんが、別にわからなくても気にする事はありません。
「これが理解できないと願望が・・・」とか思ってしまったらエゴが騒いでいる証拠です、
エゴに気付く事が出来れば十分なので、さっさとこのページを閉じてしまいましょう。
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昨晩、焼肉をご馳走になってすっかり腹が苦しくなって胃もたれです。
大盛ライスの後に冷麺食ったら、腹の中の米が汁を吸収して一気に膨張したようです。
現在、胃薬を飲んでゴロゴロしてます。

「なんか食べに行きたい」と思ったら焼肉をゴチになる話が来たので、
これぞ引き寄せの法則とかいう奴でしょうか。

まあ実際食べたかったのは寿司なんですけどね。
度々書いている「思考を止めてどうたらこうたら」ですが、
止めようとすると意外と止まらないものです。
自分で書いた内容を読み返してみると「止めましょう」しか書いてなくて
肝心のやり方を丸投げしていました。
あまりメソッドとして強調するのはエゴが騒ぎ出すので(ぜひ身につけねば!とか)
書くのはどうかなあと思ったのですが、とりあえず書いてみます。

まずコツとしては普段から我々は結構思考を止めている事を知る事です。
例えばトイレに行こうと思い、用を足してトイレから出てきたとします。

これを事細かく説明するのは意外と困難です。便座に座りました、ウ〇コしました、
ウォシュレットの水圧を最大にして発射しました。流しました、トイレから出ました。
ああ、スッキリさわやか。

とこれぐらいまでは説明できると思いますが、
では便座にどのような角度で座ったのかとか、ウ〇コはいかなる形だったのかとか
ウォシュレットは何秒間発射していたのかとか、それ以前に手洗ってないだろとか
そういった部分までは恐らくわからないと思います、
つまりその辺は思考が止まり、「今」にしか居ないのです。

何の事は無い、これだけです。
普段から誰もがやっているというか、誰もがわかる感覚だったのであります。
つまりスキルでもメソッドでも何でもない、あまりに当たり前過ぎる感覚というか、意識です。

つまんねー と思われた人もいるでしょうが、本当に何の訓練もいらないのです、
それに気付くかどうかだけであって、別に瞑想もいらないし、愛を送ります!とかしなくても良いのです。
我々は最初から「今」に居たのです。

実に簡単なので、ヒマな人はゴロゴロしながらでもやってみましょう。
少し昨日の続きっぽいですが「願望」ではなく「意図」にする事に気付いていくと、
「やったー願望達成!」とかの感情が薄くなっていきます。
昨日の例でいうと「手を挙げよう」と「意図」して、手を挙げたら
「やったー手を挙げたぜ!キャッホー」なんて言ってたら完全にアブナイ人です。

あまり例えが良くないかもしれないですが、「願望」を追い回している時は
部屋の中でブンブン飛んでるハエを刀でぶった切ろうと刀を必死に振り回している状態です。

「意図」は部屋の真ん中あたりに刀を立てたまま置いといて、そこをハエが
ブーンと飛んでって、勝手に刃に当たってスパッと真っ二つになる感じです。

一週間後ぐらいに部屋に入ったら真っ二つになったハエが落ちてて「ああ、そういえば
ハエを切り落とそうとしてたっけ」と思い出すような感じです、そこにあまり感動はありません。

「ハエを切ろうとしていた」という事すら忘れている場合もあります。
そして私は今日書こうと思ってた事を晩飯食ってゴロゴロしてたらすっかり忘れました。

今回の話は私の個人的な感覚なんで、あまりマジになって「なるほど、そうか!」とか
思わないでくださいね。
基本的に思考は願望の実現には殆ど必要無いものです。

思考は「~をしよう」とか「~する」という概念を生み出し、エゴが
それに乗っかってややこしい事になるのがお決まりのパターンです。

少々ややこしい話になりますが、あなたが何か動作を起こしている時に
どんな動作をしているかを判断するのは全て過去に対してです、
手を挙げようが足を踏み込もうが全て「手を挙げてから」あるいは
「手を挙げている途中」に思考で「今、手を挙げている(挙げた」と
判断しています。つまり「手を挙げる」という動作と、その動作を思考で
認識するまでにタイムラグが生じるのです。


これをそのまんま願望の実現に当てはめると、「何かを得たい」という意図と
「何かを得ようと今、思っている」という「思考」にも同じようなタイムラグが
生じています。
先の手を挙げる挙げないの例で言えば、「手を挙げよう」という
「意図」と「今、手を挙げている(挙げた)」という「思考」は同時に発生しないと
いう事に改めて注目してください。


「願望はそれを思った瞬間に叶っている」とはスピ系の成功本なんかでよく見る表現ですが、
正確に言うとそれが「意図」である場合は「願望」という属性すら持ちません。
せっかく「意図」すれば良いだけなのに、思考と、それに乗っかったエゴの仕業で
「意図」が「願望」という「色々やらないと叶わないもの」(と、エゴが認識している)に
クラスチェンジしてしまっているのです。


もう一度「手を挙げる挙げない」の話に戻りますが、この「手を挙げる」という動作も
思考によって確認作業をするから初めて「手を挙げている(いた)んだ」と認識できるわけで、
思考が入ってこなければそこにはもう純粋な意図しかありません。
何をしたか、なんて認識していないので気が付いたら意図を果たしている状態であり、
文字通りワープであります。

つまり「今、何してたんですか?」と言われても「知らんモンは知らん」となるわけです。

「どうやって願望を達成したんですか?」「どういうメソッドをしたんですか?」
それらの質問に対し「思考」を用いて「多分このようにやったのだと思います」と
説明するのは可能です、しかしながらそれは「多分こうやって手を挙げたんだと
思うんだけど・・・」と言っているのと同じ事です。つまり説明している当人は
その時「意図」していただけで「叶えよう」としていないのです。


「叶えよう」とするのは「願望」です、そして「願望」は叶ってしまうと
消滅してしまうので、絶対に叶いません。
メソッドを追い掛け回しても意味が無い理由はここにあります。
結局、全ては自分の中に眠っているんです。

実際の所、自分がどういう角度でどんなスピードで、いかなる入射角で手を挙げたなんて
わかるわけないですよね(わかるって人がいたらゴメン)でも聞かれた以上は
思考を使って「多分こうやって・・・」と答えざるを得ないわけです。

でも、それって思考での後付けなんで答えてるようで答えになってないんですよ。
夜寝てる間に別の部屋に移動してたら、起きてから「そういえば車に乗ってたような・・・」とか
後付けで色々と理由を探すのに近いです。まあ実際寝てる間に別の部屋に移動してたら
願望実現とか以前に拉致された可能性が高いと思いますけど。

今日は少しどころかかなりややこしい話でしたが、いきなり思考を止めて
どうのこうのはちょっと難しいかもと思ったので書いてみました。
まずはエゴや思考の仕組みに気付き、いかに自分が「今」から外れているかを認識すれば
思考を超えた「何も知らん」状態を垣間見れるかもしれません。

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