「結局の所、スピリチュアル的ないわゆる気付きだのヘチマだのというのも、
才能や運が無いとダメなんじゃないのか」というメールを頂きました、
ありがとうございます。
才能とか運が良い悪いというのは、前提としてそれらを問われる舞台というか、
環境が必要であります。
簡単に言えば食い物が一人分しかない、ではジャンケンで勝負だ
これで勝てば運が良い、負けたらツイてねーな、となりますが、
そもそもこれは食い物が一人分しかない、という世界(?)が在るからこそであります。
だからこそ、世界として在る事が実感できるのです。
ジャンケンをするという役割と同時に、そういった世界に在る、
つまり
役者が役者であることを知ると同時に、撮影している映画なりドラマの設定も
知る事になるのです。
「どうしても何々が許せません!」というのも、前述した事を知るチャンスです。
「許せない」という感情を通して、世界と一体となるべきです。
なので、スピ系がどうのこうのと運や才能は関係ありません。
そういった物も内包しているのです。
私が書き散らしているブログも
「意味がわかんねーよ!」というお叱りを
たまに受ける事がありますが、私にはわかりやすく書く才能が無いのでしょうがないのであります。
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