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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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自我の働きが実は幻だったと気付くには、自我が騒ぐ事柄や概念に
思いきり飛び込むか、思いきり距離を取るかのどちらかなのであります。

距離を取るのが前回も書いた「トイレに流しても何とも思わない金額で
ギャンブルする」
とかですが、あえて飛び込むというやり方もあります。

私の知ってる投資家のオッサンは”赤いダイヤ”いわゆる小豆相場に
手を出して有り金を全部吹っ飛ばしたそうですが、資産が全部吹き飛ぶという
多大なストレスの中で、急にストレスを彼曰く「突き抜けた」そうで、
それから相場に対し希望も恐れも無い状態で臨む事が出来るようになり、
再チャレンジで資産を築けたそうです。

私はこの話を結構若い頃に聞いたので、当時は「なるほど」とか頷きながら
内心では「何言ってんだコイツ」とか思ってましたが、私自身も
良くも悪くも突き抜けてしまった(?)現在では、何となくわかる話です。

まあスピ系でよく言われる「受け入れる」「手放す」って結局は
目指す所は同じなんですね。

で、これを踏まえて恋愛、特に禁断の復縁ネタに関しては
「受け入れる」も「手放す」も難しいですよね。

まあ心が常にざわざわするのが恋愛の醍醐味かもしれませんが、
「受け入れる」も「手放す」も対象がいるわけですよ。
無い物を受け入れたり手放したりは出来ませんから。

復縁の場合はそれ自体が猛烈な執着を生むので、結局受け入れようが手放そうが
執着が肥大してわけのわからない事になってしまうようであります。

なのであまりに執着の強いものには、「最初から無かった」事としてしまうのが
最良であります。そもそも復縁したいと思う異性も、最初から存在していない事に
してしまうのです。これでとりあえず「復縁したい」は消えました、何故なら
復縁の対象自体がいなくなったからです。

これで後は、希望も恐れも持たず普通に生活しましょう。
復縁問題が”消えた”生活を送るのであります。

ちなみに、これ(最初から居なかった)をあらゆる事に突き詰めると、深い熟睡状態と
同じようになります。思考が完全に止まり、在るという意識すら意識しなくなります。
こうなるともう言葉でも文章でも説明不能の確変に入るのですが、
それは置いといて、執着が猛烈に強いものに対しては「希望も恐れも持たない」事です。

結局、希望と恐れは執着のエサなのですよ、ならばエサを与えなければ
執着は餓死するのであります。











こっからは禁断のオフレコですが、あくまで個人的には一度ダメになった相手と
寄りを戻そうって感覚がよくわからんであります。
そんな事に気を病むより新しい恋を探した方が良いといつも思うのですが・・・。

まあ本文中にも書きましたが、心がざわざわしているのが恋愛の醍醐味なら、
復縁希望てのは究極にざわざわしてしまうものかもしれませんねえ。

結局は何時でも恋をしていたいって事でしょうか、若いモンはエエのう。
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お金を失う事を恐れている割りには、株やらFXやらに手を出して
挙句に駅のホームからダイブする方が後を絶ちません(?)
お金に限らずビビりながら物事に取り組むのはよろしくないと思います。

この前の記事でも書きましたが、お金に関して様々な感情が渦巻き、
それに苦しめられるのは、完全に投資しているお金の額が自我にとって
デカ過ぎるから
だと思われます。

まあ自我にとってだから実は本当の自分に気付けば云々・・・だと
いつものパターンになってしまうのでそれは置いといて、
もうちょいメソッド的に噛み砕きましょう。

私は投資なりギャンブルの必勝法を教えてと言われたら
やはり「トイレに流しても何とも思わない金額から始める」事をお勧めします。

私は投資関係はやった事無いんで、話が競馬とか競艇とか競輪のギャンブル系に
なってしまいますが、お馬で人生アウトになってしまう人のパターンとして
「とにかく早く、すぐに儲けようとする」んですよ。

全財産が10万円しかないのに5万円ぐらい賭けて外して、「武(豊)の野郎
ぶっ殺してやる」
とか殺気立ってるオッサンの如何に多い事か。

「でも生活かかってるから」とか言うオッサンもたまに居ますけど、だからこそ
全財産の大勝負をしないで、少ない額を賭けて純粋にレースを楽しめば良いでは
ないですか、そっちの方がレースに対しての当て勘や馬を見る目みたいのも養われます。

これはレースに対し余計な恐怖も、そして余計な願望も入らずに見れるからなんですよ、
スピ系な表現で言えば「己が競馬となる」状態に入れるのです。

で、これは逆説的な言い方ですけど「お金を賭けているにも関わらず、
一切恐怖も無い、願望も無い」状態は、既にお金持ちになっているんですよ。
10億ぐらい持ってる金持ちが5万円賭けた所でざわざわもハラハラもしませんよね。
でも9億5千万ぐらい賭けてるならざわざわすると思います。

つまり金の心配をし出すって事は、表現は悪いですけど貧乏人になったんですよ。
ですから貧乏人の世界を観る事になるのであります。


だいぶ前にちらっと書いたかもしれませんが、10年以上前に
私の祖父が亡くなった時に、オヤジから「お祖父ちゃんがおまえに
残しておいてくれたぞ、大切に使え」という名目でウン百万円貰ったんですよ。

でも当時の(今も?)ボンクラ一直線の私が大切に使うはずも無く、
若かったせいもあって女遊びとかにバカバカ使って一ヵ月ちょいぐらいで
全部使い切ってしまったのです。

しかしながらオヤジから貰ったお小遣いは使い切ったものの、
当時何故か別ルートから妙に金が入って来てたんですよ、
もちろん何百万とかじゃなく数万円単位でしたけど。

後付けになってしまいますけど、貧乏っつー意識が無いとバカバカ使っても
何だかんだでお金は回ってくるんですよね、貧乏では無いから。
ですので「好きな事、やりたい事をする」のが一番手っ取り早いのであります。

ただ勘違いしやすいのが「どうせお金入ってくるんだから好きな事をするんだ」と、
「多分お金が回ってくるだろう」を「免罪符」として使ってしまう事ですね。
これだとお金の心配をしつつ、好きな事をしているのですから貧乏から一歩も動いていません。

肝心なのは既になっている事であり、それは「なります!」とか
宣言する事でもないし、「俺は金持ちだ!」と念じる事でもありません。
貧乏を完全に意識から外す、外せるように持っていくという事です。






まあ後日、オヤジに全部遊びに使ってたのがバレて、ボッコボコの半殺しにされたのも
今となっては良い思い出(?)ですねえ。
最近よくわからない悪い意味でクソ真面目な記事が続いてしまったので、今回は単なる日記です。

ちょっと書くのが遅れましたが、この前マクドナルドが千円のハンバーガーを一日限定で
売ってましたよね。

B級グルメを愛する私としては、これは見逃せないという事で大宮のマックで食べたんですけど、
まあ味は絶賛するほどではありませんが、個人的にはかなり美味しかったですね。
でも千円の内の五百円ぐらいは箱代なんじゃないかっていう感じの、
無駄に豪華な箱に入っていたのは頂けません。

マックとかすき家ってのは良くも悪くもチープである事が肝要だと私は勝手に思ってるのですが、
チープな場に無駄に豪華な箱入りハンバーガーはどうしても浮いてしまうのであります。

荒川の土手でレディー・ガガがライブをしているかのような、
場末の汚ねえサウナで皇太子様がくつろいでおられるかのような、
国政選挙で共産党が第一党になってしまったかのような、
何ともいえない場違いな感があるのです。

何が言いたいのかよくわからなくなってしまいましたが、マックの千円バーガーは
箱代にコストをかけずに、普通にトレイにデンと乗っけて「そら食え」とばかりに出すのが
マックというチープな場に似合っていると思うのであります。

ちなみに一緒に食った彼女には千円バーガーは不評で「この程度なら再現出来る」とか
調子こいた事を言い出して、結局その日の夜は、今度は彼女が作った擬似千円バーガーを
食う羽目になってまさに一日中ハンバーガー食ってました。

まあ素人が商業用のハンバーガーと同じ味は出せるわけないんですけど、
やっぱり彼女に作ってもらった方が美味しいですね。


ただのノロケ話でスイマセン。
通常、様々な物や出来事に様々な概念をくっつけて見てしまうのが
我々の一種のクセのようになっています。

例えばお金とかでも、自尊心とか承認されたいという欲求等を通して
預金額を見たりしてしまいます。

なんか金額が少ないとダメ人間と言われてるようで満たされない、
逆に金額が多いと社会的に成功したようで何だか嬉しい、
かと思えば親から貰ったとか、ギャンブルで偶然当たったとかのお金だと
何だか自分の実力じゃないような気がして、やっぱり虚栄心が満たされない。

単なる数字の羅列に色々と思うのは、数字を通して勝手に作った架空の物語を
見ているからであります。

別にお金というものは働いて稼ごうが人から恵んでもらおうが特に変わりはありません。
私なんてガキの頃はバイトもしないで殆ど祖父やオヤジの金で遊んでました、
おかげでどうしようもないボンクラに育ちましたが。

労働の報酬として貰うのが正義で、ギャンブルの儲けや親からの仕送りは悪だとかは
関係ありません。
お金はお金であって、それ以上でもそれ以下でもないのです。

なので勝手に金額を通して勝手な物語をそこに見る事は、見るのは結構ですが
何の利益も生み出さないでしょう。

前も書きましたけど、お金は誰かに渡す事で初めて実体を持ちます。
お金とは、貯めるのではなくどんどん渡すべきものなのであります。

なのでお金が欲しかったら、どんどん渡しましょう。
お金はケチの所ではなく、ばら撒いてくれる人の所に集まるものです。

「でもそうは言っても気前よくお金をばら撒くなんて出来ません。」という方も
居ると思いますが、それならばあくまでも”現時点で”気前よく
出せる金額を知れば良いのであります。

例えば全財産が5万円の人に1万円出せと言ったら躊躇するかもしれませんが、
50円なら出せるでしょう。それなら50円を募金でもすれば良いのです。

私の友達で毎日株式チャートと睨めっこしてて、株価が上がってても
「今日売って明日もっと上がってたらどうしよう」とか、
下がったら下がったでこの世の終わりのように大騒ぎするアホがいるのですが、
話を聞くと某社の株式を金額にして300万円ぐらい買っていると、
そんでもってその会社の株価の値動きが最近激しくて毎日胃が痛いとか言っているのですよ。

て事は彼にとって300万円は、現時点ではとても損失を許容できる範囲では無いって
事ですよね。それだったら最初から投資額を半分か、あるいは十分の一ぐらいにすれば
良いではないですか。

多分彼はお金があればあるほど幸せであり、社会なり誰かに認められると
思い込んで、胃が痛い思いをしながら毎日悲劇(喜劇?)的なマラソンに
参加しているのでしょう。

そこまで言うならオマエ言ってやれよと思うかもしれませんが、私は性格が悪いので
言いません。というより言った所で彼は「リスクを取ってお金を稼ぐ事が幸せであり、
認められる事」な世界を望んでいるのですから、私が口出ししてもしょうがないです。

で、前述した全財産5万円の人が5万円全部つぎ込んで株を買ったり、
競馬で全額賭けたらそりゃあ胃も痛くなるでしょう。
でも50円しか賭けなかったら、当たったらラッキーで外れても明日には忘れてます。

ここで話が最初に戻るわけですが、現時点でどれだけの金額をホイホイ捨てられるかで、
どれぐらいの金額から自尊心だの虚栄心だの執着だのといった余計な概念が出てくるかを
知る事が出来るのです。1億円だとカイジみたくざわざわするのに、10円だと
ざわざわしないってのは、面白いですよね。

それを知った時から、お金の奴隷から解放される道を踏み出す事が出来るのであります。
前回の話と少し被りますが、自我というものはスピ系における、ある種の気付き的なモノも
巧妙に利用します。

例えば「世界は自分だった、自由意志も無かった、なんたらかんたら」というのも
あくまで自我を通して発せられた言葉なので、正確に言うと事実では無いし、
もっと言えば真っ赤なウソとも言えてしまうのですよ。

それにも関わらず、それが自我の”認められたいとか、安全でありたいという欲求”に変質し、
妙な事になってしまうケースが多いように感じます。

例えば「何が起きても受け流すだけだから、世界は私だから、幸せも不幸も無いから」とか
言いながらセックスしてても気持ちよくも面白くも無いですし、
「世界は自分だから、勝っても負けても幸せ」とか言いながら
サッカーや野球見てても楽しくないですよね。

興奮したり悲しんだり喜んだりっつーのは勝手に出てくるのだから
出てくるに任せておけば良いのであって、それをスピ系の変な知識やメソッドで
どうにかしようと言うのがおかしいのであります。

これでは「世界が自分だから」という言葉・概念が、流れてくるものに対しての
”免罪符”みたいな事になってしまい、自我を守っているだけになってしまいます。

そもそも「世界は自分だから何々があってもどうのこうの」という自体がおかしいのです。
何々があるって事は「何々(体験)」と「それを体験する私」が居なくてはならないのだから
何かが”ある”という認識事態が厳密に言えばおかしいのであります。

頭が混乱してくるかもしれませんが、要はスピ系の知識とかメソッドなんて、
最終的には全部放り出して忘れてしまう事が肝要なのです。
深く熟睡している時に「世界は自分だった」とか何だとか小難しい事は
出てこないはずです。熟睡している時に出てこないものは、全部捨てて良いモノなのです。

大体役に立ちゃしないし。
最も役に立つ事は、役に立たないという事を知る事なのだ、という事であります。

何度か書いていますが、あらゆるメソッドはスピ系で言う「神」だとか「本来の自分」からは
絶対に離れます。しかし、実はあらゆるものが役に立たないのだ、という事を
知るためには、やはり色々実践していく先にあるのかもしれません。

ややこしくなってきたのでこの辺でまとめると、全部捨てて良いモノばかりだったって事は、
逆に言えば得るモノなど無かった、という事であり、
ここで初めてふりだしに戻り、ふりだしこそゴールだった事を知るわけであります。

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かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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