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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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廃人プレイを続けていた(?)「ドラクエ10」で魔王(今回は”冥王”だけど)を
他のプレイヤーの皆さんの協力のおかげでボッコボコにし、世界に平和を取り戻しました。

私に的確な指示を出してくれた小学校四年生のプレイヤーの君、ありがとう。
最初に君に「何年生なの?」と唐突に聞かれたから
思わず「三年生だよ」と答えてしまったけど、本当は三年生どころか
三十年以上生きてるオッサンなんだ、ゴメンね。
まさかこの年でネット上とはいえ小学生を演じる羽目になるとは思わなかったよ、
名探偵コナンも真っ青だね。

まあ普通にヴァンガードとかピラメキーノの話題についていける私もどうかと思いますが、
兎にも角にも、世界に平和は戻ったのであります。

今回のドラクエは初のオンラインでしたが、廃人プレイヤーと一般人のバランスを
絶妙に調節してあるという点では非常に完成度の高いものでした。
これはオンラインという事で尻込みしている人にもオススメできるものであります。

これ以上書くとステマ記事しか書いてないゲームブログと勘違いされそうなんで、
今回はこれで終わりです。
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私は株式投資とかFXとかやった事無いんですけど、
以前、学生時代の先輩繋がりで、投資家としてそこそこ成功した人達の
話を聴く機会がありました。

面白いのは皆さんが「プライドとか持ってたらまともな判断出来なくなる」とか
「自分の心の声は大体都合の良い事しか言わないから聞かないようにする」とか
「投資において希望っつーのは自分のエゴが形を変えたもの
(この言い回しカッコイイなあ)とか、なかなかどうして見方を変えれば
スピ系に通じる話をしておりました。

まあ相場というものもスピリチュアルな観点から見れば自己そのものですから、
大損こいたり有り金全部吹き飛ばしたりする事で、余計なエゴが吹っ飛んでいくと
ある時突然何かに覚醒してしまうのかもしれませんね。

私の亡き祖父が、ある程度の金持ちになって買い物の時に
商品の値段を見なくなると、お金というものは実は存在しないんじゃないかと
感じる、
血液が流れたり酸素を取り込むのと同じで、必要な時に必要な分だけ
流れて来るモンなんじゃないかと思うとか、ボケ老人の戯言 興味深い事を
たまに言っていましたが、今思うと祖父もお金に関してはある種の覚醒状態に
あったのかもしれません。

まあだからと言って還暦過ぎたジジイがスーパーカーを二台も所有して
スピード違反で捕まったとか、いい歳こいてイニシャルDみたいな事やってたのは
覚醒云々以前に人としてどうかと思いましたが。

話が逸れましたが、投資とはお金というある意味最も強烈にエゴが反応するものを
扱いますから、意外と修行がてら(?)に株とかFXは良いのかもしれません。
お金への執着というか、お金という概念そのものが無くなるっつーか。





まあ読者の皆さんがこの記事読んで、株に手を出して破産しても
私は責任取りませんけど。
アメリカに住んでる知人が最近占いにハマっているそうで、
LAだかNYだか在住の某占い師に度々占ってもらっているとの事。

私は占いとか全然興味無いので、占いが当たっただの何だのという話も
適当に聞き流していますが、その占い師が言うには「今」に集中する事で
未来の事が見える
との事であります。

その占い師がいかなる意味でそのような事を言っているのかはわかりませんが、
個人的な見解としては、前回も似たような事書きましたが
実は全てはアニメのセル画のように全てが同時に生まれ、起こっていると思います。

なので「今」に集中する、というより「今」が我々の本体のようなものですから、
本体を変えればその他の事は変わらざるを得ないのではなかろうかとも思います。

「変える」というと何かの努力が必要な気もしますが、全てが自己であるという
感覚になれば、必然的に全て受け入れる、受け入れた時点でそれは愛とか許すとかの
言葉で言えばポジティブな感じのモノになりますから、結果的にポジティブ(に見える)
ように勝手になるのでしょう。

水の形を四角くしたいなら四角いタッパでも持ってきてタッパに水を注げば
勝手に四角くなりますしね。
水をいくら弄ったって変わるわけありません。

これを占い師視点からすると「未来が見える」とかの表現になるのではないでしょうか。

まあこれは完全に私の勝手な見解なんで、そのアメリカン占い師がさらに深い意味で
言ったのかもしれませんし、その可能性の方が高いでしょう。





余談ですが女性の占い好きは異常ですよね、
文字通り無いと死ぬんじゃないかと思わせるぐらい熱心に
雑誌の占いコーナーとか読んでるし。

私の彼女も理系バリバリのくせに占いだけは気にしたりしてるので、
「占いなんてモンはねえ、非常にヒカガク的なモノだよ。信じてる奴は
馬鹿だよ、アホだよ、君もアホだよ」と諭したら何故か機嫌が悪くなったので
占いパワーで何とかなりませんかね。
以前、「それ行けAさん」の中で「運動と時間の概念を疑ってどうのこうの」って
事をちょこっと書いたんですけど、これは別に大した事じゃなくて、
運動や時間はある意味自我にとってお馴染み過ぎる概念であり、
これらの見方を変える事で自我を超えるのであります。

前も書きましたが運動と時間というものはセットであって、
運動が発生しないと時間という概念は発生せず、その逆も然りであります。

で、さらに話を進めると運動と時間が生まれるためには空間が必要です。
ボールが進むためには空間が必要であり、空間を進むという運動をボールが
行う事で時間が生じます。

そんなの当たり前やんけ、と思うかもしれませんが、その当たり前を
認識させているのは何なのかという話です。

「私が認識しているのだ」となるかもしれませんが、ではその私とは、
何故に認識できるのでしょうか、空間や時間や運動の概念のおかげで、
「私が認識出来る」のではないでしょうか。

という事は私(の認識)を構成しているものは、あらゆる全てのモノや概念とも
言えるわけです。
つまり(自我が)見たり感じたりしていると思っていたものは、
実は同時に見られたり、感じられたりしていたのです。

自我の目線でいくら答えを探しても見つからないのは、この為であります。
最初から当たり前すぎるほど目の前に在ったからこそ、気付けないのです。
まつ毛を直に見るのが殆ど不可能なのと同じです。

お互いが最初から統一されていたからこそ、全てが成り立っていたのです。

で、さらに話をややこしくすると、それではその「統一されていた!」
認識しているのは何者であり、一体全体何のおかげで、そのような統一されて云々という
電波を発信出来るのか認識を持てるのか、という話になり終わりがありません。

まあこれ以上電波系の話になっても何なので、少し話を戻すと
運動とか時間とかは、結局は自我の目線でのゲームを作動させるための
要素であって、本来は運動しているものも無く、流れている時間も無いと思います。
「それ行けAさん」で未開のオッサンが、車の中から見える風景が動いていると
思っていたのと同じですね。

言い方を変えれば、セル画に描かれたアニメキャラは運動していませんし、
時間も流れませんが、連続して映してアニメの世界という空間を創り、
さらにその空間に運動と時間が発生してくれないと
アニメとして成立しないっつー事です。

運動は単なる模様であり、時間は匂いや香りの類のように感じられれば、
これであなたも今日から高次元存在の仲間入りです。
プリマハムとか適当な名前を名乗ってデビューしましょう。
かなり昔の記事にも似たような事を書きましたが、
ブログ始めて一番驚いたのが「復縁したい」という内容のメールが
一時期わんさか来た事です(九割以上が女性からだった)

そんなに復縁したいならそもそも別れなきゃ良いのではと思いますが、
その辺は触れてはいけないと思われるので、何も言いません。

復縁っつーのはある意味、時間への挑戦とも言えますね。
元カレだか元カノだかとラブラブな頃に戻りたい、つまり過去に戻りたい、
あるいは変えたいという要素があるわけです。

結論から言ってしまうと、これは無理です。
何故なら時間というもの自体がまやかしだからであります。

なので以前の恋人を引っ張り出すのは、ありもしない時間と戦うことになるので
苦しみが増すだけでしょう。復縁云々に限らず、苦しみの元となるのは
ありもしないものをあると思ってどうにかしようとした時に始まります。

この前の記事と被りますが、ありもしない自分を救おうとするから苦しむので
あります。救う救わない以前に、もっと厳密に言うと救う対象が無いのですが、
何故かあると思ってしまうので話がややこしくなってしまうのです。

で、話が戻りますが復縁っつーのは、まず時間というものありきであり、
時間が実は無い以上、復縁というのはありません。

復縁ではなく新たなご縁を結ぶのであります。
復縁しようとしている元恋人でなく、自我の目線からすると元恋人に見える物
新たにお付き合いするのです。

これは話だけ聞くと非常に理解し難い電波系の話と思われますが、
例えばファミコンのスーパーマリオが、ある地点からある地点へ動く際には
実際はドットのパターンが変わるだけなのですが、
マリオが動いているように見えるのと同じです。

最初の地点にいるマリオと、次の地点にいるマリオは別物なのですが、
同一人物としか認識出来ないわけですね、マリオが歩いたという
「運動」の概念を作り出すと「時間」の概念が必然的に出てきます。
そしてそれらを事実として認識するためには、ある地点からある地点に
「動いた」マリオが同一人物でないと困るのであります。
こうして望み通りマリオは同一人物として認識されます。

話が復縁から逸れましたが、結局何一つ動いている物などないし、
過去から未来へ流れるものもありません。
「過去の自分」と思っているものがあるのも、先ほどの「動いたマリオは
同一人物でないと困る」のと同じで、そうでないと自我が困るから
「過去の自分、未来の自分」を頑なに信じようとしているのです。

実際はA地点に立っているマリオも、B地点に立っているマリオも
同時に存在しているのであります。

つまり全ては最初から始まりも無ければ終わりもない永遠です。
永遠とは言葉だけ聞くとずーーーーっと時間だけが過ぎていくような感じですが、
そうではなくて時間を超越した「今」であります。

話が完全に復縁置いてけぼりになりましたが、
復縁ではなく実は新たな縁しかない、という事にまずは気付く事です。

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