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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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クリスマスも終わり、一気に来年へ向けてラストスパートに入った感がありますが
これから大掃除という方も多いと思われます。

で、個人的にはスピ系でよく言われる「解放がうんたらかんたら」「執着せずにどうたらこうたら」
早い話が観念みたいなものの大掃除だと思います。

例えば今、財布を開けて500円しか入っていなかったらどう思われるでしょうか。
貧乏だとか困ったとか思う人が多いと思いますが、それらの「困ったこと」は全て起きていない事で
あります。


500円しか無い、これでは今月の請求を支払えない」と思うかもしれません。
しかし今、今月の請求を支払っているわけではありません。請求金額を支払っているのは脳内で
支払っているだけで、今この瞬間に請求金額を払っているわけではありません。

しかし脳内ではしっかり払っている、そして500円しか無いことに困ってもいる、
ですから望み通りそれが実現するというだけの話であります。

では脳内で請求を余裕で払っている事にすれば良いのか、というと微妙に違います。
それだと現実逃避になりがちです。

以前も同じ事書いたと思いますが、500円しか無い=困ったをくっつけないことです。
500円しか無くて困るっつーのは、文字通り勝手に創った概念です。
それとは逆に500円しか無いけど金持ちだっつーのも勝手に創った概念です。

500円が在る これだけです。
500円のある無しと、困ったとか困らないとか貧乏だとか裕福だとかは関係無いのです。
預金口座に500円と表示されていても、それはそう表示されているというだけです、
貧乏でも無いし裕福でもありません、口座に1億円と表示されていても、やはりそれもそう
表示されているだけです、貧乏でもないし裕福でもありません。

それと同じであなたの彼女が佐々木希でも、美人でもないしブスでもありません。
あなたの彼女が研ナオコでも、やはり美人でもないしブスでもありません。

全てのものはただ単に状況として在るだけなのです。
そこに感情で色付けするからああでもないこうでもないと喚くわけです。
そして感情や思考は本当に単なるノイズみたいなもので、全く自分とは関係がありません。
「俺の感情」「私の思考」と判断するから世界と分離してしまうのであります。

本来の状態である世界との一致を果たせば、「俺の」「私の」が無くなるので、
「俺以外のもの」つまり「あいつの方が金を持っている、イイ女と付き合っている・・・等々」と
いった概念が消えていきます。そういったものが消える、すなわち不平不満という概念が
消滅します。

不平不満が消えると、不平不満が無い世界になります。
不平不満が無いという事は、つまり満たされている、全てが在る世界になってしまうのです。
願望だ何だの実現は、これぐらい単純な事なのです。
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私は根がお人好しなので、更新頻度を少なくしますとか言っときながら、
「本当はヒマなら書いてください!このブログは素晴らしいです、大ファンです。
どうせやる事無いんでしょ!」とか褒めてんだか馬鹿にしてんだかわからないメールを貰うと、
何となくブログを書いてしまいます。

いきなりですが、女性ってのは定期的に一気にモノを捨てたくなる生き物なのでしょうか、
今日も彼女が家に来たと思ったら「アンタの部屋は要らないものばっかりだ!」とか
いきなり吠えて、ビビって部屋の隅で震えている私を尻目に部屋を掃除し出し、雑誌とかを
バシバシ捨てられてしまったのですが、女性の心理だけはどんなメソッドを使っても
理解出来ないものであります。

超合金魂まで捨てるぞとか言い出したので、それだけは勘弁してくれとお願いしましたが、
この調子で行くといつの日かゴッドマーズで頭をカチ割られるのではないかと
本気で怯えています。
「男性、ロボットフィギュアで頭蓋骨を叩き割られ死亡」とかの
新聞記事が出たら私だと思ってください。

で、捨てるというキーワードを強引にスピ系に結びつけると、
我々は人間ではなく意識みたいなものなんで(私は人間だ、と思っている意識があるだけ)
なるべく意識に「人間としての記憶」みたいなものをくっつけていかない方が良いのかなと
感じる次第であります。

昨日の話と被りますが、過去の記憶とか未来への期待とか、全部「人間目線」での
モノですから、それらに引きずられる必要は本来は無いのです。
いつか頭をカチ割られるとかの観念にも、振り回される必要はありません。

必要でないものを身につける必要はありません、それらをどんどん捨てる、
言いかえれば毎瞬毎瞬を純粋な意識として生まれ変わる事で、「人間目線」を超えた
純粋な何かに気付けるのではないかと思います。

結局、青臭い「人間目線の」言い方をすれば愛とか感謝とかになってしまうのかも
しれませんけど。

まあ私も掃除してくれるのは感謝してるんですけど、掃除の邪魔だからって
怖い顔で睨む事は無いだろと思うのですよね、ただでさえ部屋の隅で怯えて震えていたのに。
これはやはり愛が足りないんでしょーね(?)
「何もしない」はこのブログでよく出てくる表現ですが、
頂いたメールとか見ると、この表現にビビり過ぎている方が多いようだと感じます。

例えば恋人と大喧嘩をしたのに「何もしない」とますます相手を怒らせてしまうのでは
ないかとか、かなりの大金を使ったのに「何もしない」と無一文になってしまうのでは
ないかとか、どうしても今まで作り上げてきた時間軸みたいのを基準として考えてしまいます。

「時間は存在しない」「生も死も無い」「全て幻だ」というのは
今まで勝手に基準としてきたものから離れましょう、というニュアンスで取ると
わかりやすいかもしれません。

「何もしない」という表現に何故ここまで違和感を感じるかというと、
結局の所「何もしないで、何も変わらなかったらどうしましょう」という観念みたいのが
あるわけで、裏を返せば「変わって欲しくない」のであります。
「変わる事」に猛烈な恐怖を感じているのです。

恋人と喧嘩した、「何もしない」ようにしよう、でも明日になってもまだ怒ってたら
どうしよう。みたいな思考だと、結局は「変わって欲しくない」のと同じです。

変わらない毎日があるからこそ、願望実現を追い求める終わりなきレースが始まるのです。
「それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」と言ったのはウルトラセブンに
変身するモロボシ・ダンですが、まさにこの言葉がピッタリであります。

もうちょい表現を変えて言うと「ある特定の願望が生まれた時点の時間軸」みたいのを
変えたくない、変える事への漠然とした恐怖があるという事です。

例えば財布落とした、無一文だ、財布が戻ってくる事を願う、だと
「財布落とした」から始まる一連の流れみたいのが”居てくれないと”願望実現が出来ません。

「何もしない」「全部幻でした」「生きるも死ぬもクソも無い」はこの時間軸を捨てさせるための
表現というか、悪い言い方すればこじつけみたいなもんですが、
この「時間軸」を捨てるのには、猛烈な恐怖が襲ってきます。

ですから「財布落とした、戻ってきて」という時間軸を大事に抱きしめながら
「何もしない」が良いらしいとか「ナントカメソッド」が良いらしいとか
色々やってしまうわけです。大事に抱きしめてるっつー事は、結局は変わって欲しくないからと
いう観念と、変わってしまう事への猛烈な恐怖
が原因です。

ですから変わりたいのであるなら、一連の願望実現ストーリーを形作っている時間軸そのものすら
ほっぽり出すことです。
ほっぽり出せば、変わります。というか形作っているものが
無くなるので、変わらざるを得なくなります。最初はものすごい不安と恐怖に襲われるかも
しれませんが、試しにやってみる価値はあります。


昨日「第一部は終わりました」とか言っといて、
いきなりわけのわからない記事を投下しましたが、
これからの更新頻度は下がる予定です。


そうしないと本当はヒマな事がバレちまうからです。
突然ですが、今年の三月から書いてきた当ブログも今回で第一部・完となります。

大体一通り書きたい事は書いたという事と、公私ともにかなり忙しくなってしまった事も
あるので、今後は更新頻度が減ると思います。

思い返せば最初は半年ぐらいで書きたい事をダーっと書いて、スパっと止めるつもりでしたが、
予想以上にブログへの訪問者やメールが多数ありましたので、何となくダラダラと続いていました。

というわけで今回で別に最終回というわけではありませんが、読者の皆様にこの場を借りて
お礼を言わせて頂きます、本当にありがとうございました。

くどいようですが、別に最終回じゃないんで今まで通りメールとか待ってます。
真実というものは常にシンプルであります。

メソッドだ何だにこだわってすっかり疲れてしまった人も多々いるかもしれませんが、
前も書いた記憶がありますが、メソッドだ何だは全部こじつけみたいなモンで、
別にメソッドそのものにパワーがあるわけではありません。

私は学生時代にアマチュアボクシングやってたんですけど、
試合前にリラックスしなきゃ本来の力が出せないとか一丁前に思って、
音楽を聞いたり、MCハマーの踊りを真似たりしてリラックスしようとしていました。

で、先輩に「何でそんな事してんの?」と言われ、「いや、リラックスしようと思って」と
答えると「リラックスしたら勝てんの?」と言われ、当時の私は答えに詰まってしまったんですね。

この時の先輩の一言は非常に印象に残っているのですが、
スピ系のメソッドの類も、全てこの一言に気付くためにあると言っても過言ではないと思います。

つまり、苦しいからとか辛いからと言って、イメージングだのアファーメーションだの瞑想だの
色々やった所で「やればどうにかなんの?」という事なんです。

「少しでも改善しようと思ってこれこれこういう事をやってます」というのは一見筋が通ってるように
見えますが、結局は全部思い込みなんですね。

思い込みっつー事は、つまり全部が全部、最もらしい屁理屈を並べて
「私って成功メソッドやってるわ」という世界を創造していただけだったのであります。

瞑想すれば、うまく行く。感情を解放とか、スマホのタスクキラーみたいな事をやれば、うまく行く。
愛とか幸せとか思えば、うまく行く・・・。全て根拠がありません。
全ては思い込みであって、それ以上でもそれ以下でもありません。
思い込みなら、そんなものいらないじゃないですか。

と言ってもいきなりメソッド全部やめろというのは抵抗があると思います、
ついこの前も「帰ってきたウルトラマンメソッド」とか書いたし。

やりたければやるべきです、しかし行き着く先は「全てが思い込み、幻であり、そしてメソッド
そのものすら幻だった
」という事に気付く事であります。
繰り返しますがメソッドの役割って、この事に気付くための手助け以外の何者でも無いと思います。

で、いつもの結論になってしまいますが、シンプルに何もしなければ良いのです。

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食う寝る遊ぶ
趣味:
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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
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