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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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だいぶ前ですがこの記事で紹介した「過去にも未来にもとらわれない生き方」
いつの間にか絶版になっていたのですね。

去年の秋口ぐらいまでは新宿の紀伊国屋に一冊だけあったような気がするのですが、
これはスピリチュアルだの悟りだのは置いといて、かなりの良書だと思うので
是非再版して頂きたい本です。

今でもたまに読み返しますが、以前は理解できなかった部分が理解できたり、
新たな視点に気付いたりと非常に多くのものを得ることが出来ました。

新宿紀伊国屋本店は、店員のネーチャンも綺麗な娘が多く、書籍も専門書からコミックスまで
何でも揃うので、新宿に立ち寄ったら是非行ってみてほしい場所の一つです。
私もよく利用しています。

ちなみに以前紹介したもう一冊の本「今ここに、死と不死を見る」は現在も購入出来るようですが、
こちらは前にも書いたように、とにかく訳がド下手読みづらい本なので、
かなり好き嫌いが分かれる本だと思われます。

アマゾンのレビューにも書いてありますが、禅の影響が強く出た本なので、
禅を知らない人はかなり読むのに苦労するかもしれません。
私も最初に読んだ時はゼンゼンわかりませんでした。
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チャネリングがどうのこうのというメールを頂いたんですが、
チャネリングっつーのは、どうなんでしょうかね。

なんか高次元の存在だか何だかとお話するというものらしいですが、
「引き寄せの法則」に登場するエイブラハムとかがそうですよね。
他にもシルバーバーチとか、洗剤みたいな名前のバシャールとか、色々いるみたいです。

どういうわけか彼らは人類に有益と思われる情報をバシバシ発信してくれる
実に気前の良い存在らしいです、そういやチャネリングでメチャクチャに悪い奴が
降臨したっつー話は何故かあまり聞きませんよね。

私はチャネリングとかは全くまるきし信じていません、というより興味もありません。
もちろん、チャネラーと言われる人達がインチキだとか嘘をついているとか否定する気も
毛頭ありませんが、はやい話が強化版コックリさんみたいなものだろうと勝手に思っています。

個人的にはチャネラーの皆さんがポケモンバトルみたいに「エイブラハム、君に決めた!」とか
言って、壮絶高次元存在バトルとかやってくれないかなとか密かに思ってるんですけど。

エイブラハム対バシャールとか、男のロマンが掻き立てられます。
最近「私」の存在など無い、という事に気付くべし的な事を書いていますが、
「私」が居なくなれば今まで「私」視点で見てきた世界は無くなります。

両親も、友達も、恋人も、隣の家のハゲオヤジも、居なくなります。

それらは全て「私の」両親とか、「私の」家の隣に住んでるハゲ、とかなので
「私」が居なくなると、それらはいなくなってしまうのです。

と言ってもいきなり世界が爆発して無になるとかではありません。それら全てのものが
「私」を超えた大きな「私」として感じられるようになります。

少し話が飛びますが「これは引き寄せでしょうか?」的な概念も無くなります。
何故なら「私」が引き寄せている的な概念が無いからです。

ナントカメソッドやら何やらを難しくしている最大の要因は
「私が」それを行うのだという思い込みです。
「私」には何の力もありません、そもそも存在しないものに力を与えるのは無理な話です。

「私」を通してメソッドをするのではなく、メソッドそのものが、イコール私なのです。
幸せだとか不幸だとかの概念は、「私」を通して幸せとか不幸ではなく
それそのものが私であります。存在しないものをわざわざ存在するかのように認識し、
いちいちそれに検問させる必要はありません。

かわいい女の子の隣に自分の顔が写っている写真は見てて嬉しいかもしれませんが、
かわいい女の子の隣に自分以外の人の顔が写っている写真は不愉快かもしれません。

自分の顔と思っているものや、他人の顔と思っているものに入れ替わるだけに過ぎないのに
何故嬉しくなったり不愉快になったりするのか。

ここに存在しないのに存在するかのように振舞う検問の正体があります。
先日「乗るしかない、このビッグウェーブに」という記事を書いた所、
「私はとても不安に襲われていますが、思いきって波に乗る決意をしました」みたいな
結構な悲壮感が漂うメールを頂きました。

私の書き方が悪かったと思うんですが、別に「飛び込みます!」的な
ストイックになる必要は全くありません。
滝壺に飛び込めと言われたら勇気が要りますが、滝壺そのものになるなら
勇気もクソも要りません。


それと同じで不安だの不快だの何だのというのも、何故そのような感情を持つかというと、
不安・不快と「私」が居るから、なのであります。

この記事でも触れましたが不快だの不安というのは別にあっても良いものです。
何でそれらを排除、あるいは「全て私だからどうのこうの」という理屈だけを振りかざして
見て見ぬ振りをするのでしょうか、それは「私」を過保護に扱いたいという願望です。
幻の「私」を守りたい、傷つきたくないという”過保護願望”が見事に実現しているだけです。

ですから不快や不安から逃げれば逃げるほど、それは望み通り追いかけてきます。
追いかけてきてくれないと「私」を過保護に出来ませんからね。
そしてまた幻の「私」を守るための願望が次々と実現していきます、
すなわちスピ系サイト巡り、バカ高いセミナー巡りであります。

「私」がいないという事に気付きましょう、気付けば、不快や不安も実は自分だったという事です。
追いかけてくる怪物を倒すには戦うのではなく、その怪物になることです。
そうすれば追いかける対象を失った怪物は、消えていきます。
というより怪物の正体はあなただったわけですから消えざるを得ないのです。
全てあなたの自作自演の鬼ごっこだったのであります。
一人で「まてよー」「つかまえてごらんなさーい」とやってる痛い人だったのです。

ですから不快なら不快で良いし、不安なら不安で良いし、憎たらしいなら憎たらしいで良いのです。
それらは大袈裟に言えば宇宙でありあなたそのものです、逃げる必要も無い、誤魔化す必要も無い、
戦う必要も無い、何もしないです。

エイリアンの着ぐるみを見て、「うわーキモいわ」と思っても、その着ぐるみを着て
自らがエイリアンになれば別にキモくも何ともない
のと同じです。
またしても相互リンク希望のメールを頂いたのでリンクします。
「潜在意識の達人447さん、その他の達人方の発言集」という
いわゆるまとめサイトですね、
ここはこの記事でもちらっと触れたことがありますが、何故か達人扱いになっている私の
適当な発言は読み流して、他の方々の発言を読んだ方が良いです。

ちなみにこのまとめサイトだと私(知らん)が「桑田さん」になっていますが、
これは何かの例えで元巨人の桑田真澄氏を出したらいつの間にか通称が桑田になってしまいました。

あの時ブラッド・ピットとかジョニー・デップとかの、私と同じぐらいのイケメンの名前を出しておけば
良かったと今でも思っています。

寄りにもよって桑田を出してしまった自分の浅はかさを恨みます。

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