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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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今まで設定を外せとか証拠を探すなとか、色々ああだこうだ書いてきましたが、
これは時間の概念も捨てないと少々ややこしいです、まあ捨ててもややこしいですけど。

殆どの人が絶対に外さない設定、あるいは証拠とは何だと思いますか?
それは「年齢」と「性別」であります。

例えば「山田太郎40歳独身」が何らかの願望なり何なりを抱いたときに、
絶対的にこの「山田太郎40歳独身」を基準にしていることが殆どなのです。

これだと世界が堂々巡りするのも当たり前と言えば当たり前です。
何故ならいかなる願望も「山田太郎40歳独身」が基準であり、「山田太郎40歳独身」として
世界を見ているからです。


「それじゃあ今日から僕は山田花子17歳女子高生になります、ヨロシクね」とか言い出しても
困ります、気持ち悪いだけです。

上記の例で、40歳の独身になろうが17歳のJKになろうが「年齢」と「性別」という設定が
常に付いて回っているのがわかりますか?
これはモンハンとかでキャラクターメイキングしてるのと同じです、性別を変えようが
髪型を変えようが、どうあがいても「モンハンのキャラ」という設定から逃れることは出来ません。

つまりモンハンの世界にいる以上、やることは変わりません、適当に狩りに出て、剥ぎ取って、
上手に焼けましたーとか言って肉食ってるだけです。
自由意志が無いって事の一部はそういう事です。自由に動いてるように見えて、実はモンハンの世界に
閉じ込められています。モンハンのルールに乗っ取り行動し、モンハンの世界に基づいて
思考しています。
この事に気付いたとき、昨日書いた動く歩道に乗ることが出来ます。

「肉が食べたい」と思ったら、それは「山田太郎40歳独身」が思っていることでは無いのです、
純粋に在るのは「肉食べたい」だけです。

「山田太郎40歳独身」という設定に気付かないと、「でも40歳だし肉は控えようかなあ」とか
「脂身の少ない肉を食べた方が良いかな」とか「独身だけどそろそろ嫁さんに肉焼いて
もらいたいな」とか「山田太郎40歳独身」の世界で話が展開していき、
「そろそろ結婚したい」とか「肉は控えめに」とか「肉食べたい」からどんどん乖離していき、
話がややこしくなっていきます。

そして「40歳ですが、このまま独身で終わるのは嫌です。嫁さん貰うにはどうすれば良いでしょう」
とか掲示板に書き込んだりするのです。結局「山田太郎40歳独身」の世界から一歩も
抜け出ていません。今まで作ってきた「山田太郎40歳独身」の世界がループしていく事でしょう。
本人は自分で考え、自由に行動しているつもりなんですけどね。

このループを抜けるには前述したように「肉食いたい」をそのまんま放置しておけば良いのです。
決して「山田太郎40歳独身」が「肉を食う」のではありません。
「肉食う」世界に移動するだけです、誰が?知りません。でも肉食えりゃ良いじゃないですか。

今までの話で「時間」の概念が一切関係無いのもおわかり頂けたでしょうか。
「山田太郎40歳独身が41歳既婚になるまでに肉を食う」んじゃなくて、
文字通り「今」肉を食うのです。

「山田太郎40歳独身」の設定なら、「39歳の時に山田太郎はゲップしました」とか
「時間」の概念を使えますが、時間の概念を使うっつー事は、結局同じ設定を繰り返している
だけです。

「1分前にゲップをした山田太郎」と「今、肉食ってる」は別であり、別の何かなのです。

ちょっとややこしい話になりましたが、はやい話がモンハン卒業しようよ!という話でした。
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昨日もちらっと触れましたが「自由意志は無いべ」となると
モーレツに抵抗を感じる人が多いようです。
自由意志が無い方が楽じゃないですか、だって動く歩道に乗ってるようなモンですよ。
と言っても何か不安になってしまう人の方が多いようなのであります。

これも以前に書いた記憶があるんですけど、結局願望だ何だってその人の置かれてる
状況に準じたものしか出てこないし、その人の見ている世界の中の、常識の範囲内に
留まっています。

例えば「身長を伸ばしたい」と思っても、それは170センチから180センチぐらいにとか、
その程度のモンです。170センチから50メートルぐらいになりたいとか言ってる人は
いないと思うんですよね(いたらゴメンね)

まずそんな大仏みたいなデカさになったら食費がすごいことになりますし、
住む場所も限られてきます。オシッコやウンコをすれば都市一つが壊滅し、
最悪の場合、自衛隊の攻撃を受ける恐れが出てきます。

しかし、実際はそんな大仏にはなりません。大仏になったら困るだろうなって世界を
見ているからです。つまり見えている世界の中で既にロックが掛かっているのです。

つまり、裏を返せば特定の願望が叶う舞台設定は既に目の前に存在しているのです。
誰が決めたわけでもない舞台設定が、もう用意されているんです。

ですからもう後は舞台設定に乗っていけば良いだけなのです。
自由意志が無いと気付くという事は、この「最初っから設定されていたもの」に
気付くという事です。もう全てはスタンバっているのです、全て受け入れればOKです。

今、見ている世界が無ければ特定の願望は出てきません。
歩きたいと思ってるのに、いきなりブラックホールにほっぽり出されるような事は無いのです、
ちゃんと歩く事が出来る惑星を舞台にしてくれているのです。

だったらもう何も考えずに用意してくれた舞台を楽しめば良いじゃないですか。
楽しむ事をためらっていたら、そりゃ苦しいでしょう。
昨日の記事について「あんまりメチャクチャな状況だと最高とか何だとか思えないんですけど、
どうしましょう」みたいなメールを頂きました。

昨日の内容だと「最高!」をやや強調し過ぎた感があるので少し補足しますが、
別に無理矢理「最高だわ」とか思わなくても良いのです、というよりポイントは
状況に対しああだこうだと思わないことであります。

つまり「今に在る」っつー事ですね。
今に在ると、世界が勝手に動いてくれるので、「現実」と思っているものに
あれやこれやと干渉するのが馬鹿馬鹿しくなってきます。
「私」が動いているのではなく、世界が勝手に私を運んでくれるような感じです。

例えるなら、口から入った食べ物の残りカスが、勝手に肛門まで運ばれて勝手にウンコとして
出ていくような感じでしょうか。

まあ何言ってんだかわかんないと思いますが、とにかく思い悩むぐらいなら
一切の干渉を止めてみた方が良いです。どうせ自由意志なんか無いんだし。

自由意志が無いと言うことは、つまり小さな私(いわゆるエゴとか何だとか言われているもの)では
なく、もっと大きな無限の広がりに身を任せるということです。

極端に言えば、ゴキブリの脳みそより人間の脳で考えたことの方が全然良いに決まっているんだから、
ゴキブリの脳みそでせせこましく考えるのなんか止めちゃえよって事です。
「自由意志云々」自体がすでにゴキブリ目線の考えであって、人間様はそんな事考えないのです。

でも何でそれが出来ないかというと、ゴキブリの脳みそだと人間様の脳を理解できないので、
「不安」になってしまうわけです。「そんなわけわかんないもんに任せてゴキジェット喰らったら
どうすんだよ!」とか思ってしまうわけですね。

でもそれすらもゴキブリが考えた事ですから、考えれば考えるほど意味が無いのです。

ですから色々考えて答えが出ないなら、考えるのを止めてみましょう。
昨日の続きです。

「ある特定の願望が「証拠探し」の一環となってしまっている
ケースがあることです。」
前回のこの部分は果たして何を意味しているのでしょうか。

まあ大した事じゃないんですけど、例えばエゴ視点から見てものすごく環境の悪い職場でも
家でも何でも良いんですけど、これらから逃れるために「もっと環境の良い所に行きます」とか
願うケースが結構あると思われます。これって結局、現在の状況が”悪い”という証拠を
自ら作ってるようなモンですよね。

何故なら環境が悪くなきゃそんな事願わないからです、これは源泉掛け流しに抵抗する流れで
あります。ではどうすれば良いのか。

答えは簡単で「今の環境最高!」とすれば良いのです。はやい話がそう思うだけです。
もちろん証拠は探しません、探してもしょうがありません。

「環境最高!」と言いながら職場に行ったら、職場の玄関に何故か馬の糞が落ちてたり、
上司のパソコンの「お気に入り」にこのブログが登録されてても上司に失望したりせず、
「最高!」なのです。

つまり内面の投影を全部丸ごと受け入れ、許容するっつー事です。
もっとくだけた言い方をするなら「全部最高、欠点は何もない」状態から
「さらなる最高」を求める
のが本来の願望実現法(あんまりこの言い方好きじゃないですけど)
なのであります。

「マイナスの状況である」と認めた状態で頑張っても疲れるだけです。
「全部プラスで、大満足です!」の状態で「今も最高だけど、もっと最高にしてみよう!」という
状態がベストであります。

「私はこのような状況に置かれていて、どうしようかと・・・」とか言ってる人は多いですが、
「このような状況」を「最高の状況」という設定にしてしまえば良いのです。

「今は、どん底です」というのは「どん底です」を強烈に意識してしまいます。
本来ネガティブな要素とは、エゴがそう判断しない限り存在しないので、
ビン底や靴底は存在しても、「どん底」は存在しません。

という事は、結局は常に「最高状態」なわけです。
「最高に最高を積み重ねていく」のが本来の状態です。
ドラゴンボールの悟空が既にアホみたいに強いのに「オラ、強くなりてえ!」
ヒマさえあれば修行しているのが正しいのです。

もはや潜在意識もスターウォーズもまったく関係無くなりましたが、
「引き寄せの法則」っぽく言えば「悟空のメンタル」が引き寄せに適したメンタルと
言えると思います。

まあ本来は引き寄せも悟空もクソもなく、我々は常に幸せとか愛とか何だとかそのものとも
言えるのですが、その辺はややこしくて書くのがめんどくさいんで、とりあえず上記の内容を
適当に流し読みすればOKです。
「潜在意識に願いをインプットしています、
最近、願いに関係する事柄みたいのがちょこちょこ周りに起こるようになってきました。
これは潜在意識へのインプットがうまくいっている証明でしょうか!?」
 

みたいなメールを頂いたのですが、私は別に潜在意識の専門家でも何でも無い
ただのオッサンなので、返答に困ったのですが、とりあえずちょうどネタも切れてたし
これ幸いとばかりに今回のテーマとして採用させて頂く事にしました、ありがとうございます。

まあこれは潜在意識は置いといて、恐らく願いというか意識が向いているのが、前回も書いた
「証拠を探したい」にシフトしているのではと思います。

「潜在意識に願いをインプットしたんだから何かしらの兆候があって良いはずだ」という
期待感がそのまんま現れているのではなかろうかという事です。

ですから「証拠っぽいもの」がわんさか出てくるという実に単純なオチであります。

これに似たような内容で「どうでも良いのは叶うけど、本願がどうにもなりません」というのも
ありますが、これも同じで「どうでも良いもの」は大した証拠探しをしていないから
あっさり自分の所に来ちゃったりするんですよね。

それに対して「本願」(ていうのはあくまで勝手に決めた事なんですけど)は、
どうしても「証拠を探したい」となるので、証拠ばっか出てくるのにどういうわけか進展しないと
いう事が多いわけです。

どうでもいい女の子とはすぐに仲良くなれるのに、意識した女性に対しては
彼女の態度や仕草が妙に気になって、お話してる割にはどうにも仲が進展しないのに似てますね。
まあ私はすぐに進展するんですけど彼女の気持ちがどこに向いているかという証拠探しを
してしまう心理と、「本願」がちゃんと自分に近付いているかどうか確かめたいという心理は
何となく似ています。

結局ですね、「証拠を探さない」っつー事はもうそこに在るからなんですよね、
探しようがないわけです。対して「証拠を探す」ってのは「無い」事が前提になってしまって
いるからなのです。だから無いのです、だって在るんだったら別に証拠探さないでしょう。

しかしながら、ややこしいのはある特定の願望が「証拠探し」の一環となってしまっている
ケースがあることです。これについては次回の「洗剤意識 ジェダイの帰還」に続きます。

もう潜在意識全然関係無いやんけ、と言われそうですが、もちろん既に全く関係ありません。
しかし今日はたまたまスターウォーズのDVDを見ていたので、この調子で行きます。

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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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